英語学ぶ前に外国人との付き合い方を知ろう

世界から見ると日本というのはとても特殊な国です。単一民族で同じ言葉を使い、他国とは海で完全に遮断されています。こんな国というのは、世界中探してもなかなかありません。
だから、日本人独自の文化、言葉、価値観が生まれるのは当然のことです。それ自体が良いとか、悪いとか、そんな話ではなくその「特殊さ」ゆえ、外国人とのコミュニケーションが極端に下手なんでしょうね。

その最大の原因が、「言わなくても理解しあえる」という感覚。これは日本人特有の対人認識と言えるかも知れません。確かに日本人どうしであれば、わざわざ何かを念を押して言わずとも、お互い「わかり合える」共通の認識があります。ツーカーで理解し合えるとか、空気を読むとか、そういう感覚ですね。

しかし、これを外国人にやるとトラブルに発展することがあります。日本人と同じ感覚で付き合うと、必ず誤解が生じ、「わかり合えない」状態に陥るのです。言いたいことはハッキリと口で説明する(または書面で伝える)というのは、外国人との付き合い方の初歩の初歩。相手が「わかっているだろう」「気付いているはずだ」と思い込むのは危険過ぎます。

それから、外国人というのは日本人が思っているほど甘くありません。非常にドライです。合理主義といえばそうなのでしょうが、日本人のように「情け」で動くことは稀です。
また、日本人的な「気づかい」を期待してもいけません。「礼節」も期待してはいけません。そんな美徳は微塵も持っていないのが外国人なのです。

以前、カナダのスーパーで買い物をしていた時、中年女性がレジで袋をくれないので文句を言うとレジのおばさんが「私があげなかったんじゃないわよ、アンタがくれと言わなかったんでしょ!」と逆ギレしているのを目撃したことがあります^^;

これと同じなんです。日本人と同じ「気づかい」を期待してはいけません。何かして欲しいなら、自分からそれを要求・主張する。これが、外国人の、言ってみれば「正論」です。もちろん、ここでいう「外国人」という総称はかなり大雑把ですけどね。中には、日本人のような繊細な「気配り」が出来る外国人もたくさんいますので誤解なく。

ただ、英語を勉強するにあたっては、外国人と実際に会い、付き合っていくことが皆さんの最終の目標となるとは思いますが、そのような時に、語彙とか文法とか、教科書的なノウハウだけでコミュニケーションが成り立つと考えるのは非常に危険です。

外国人と付き合う時には、常に「対外国人」モードに入るようにして下さい。相手を日本人と同じ感覚で見ていると、必ずどこかで違和感・誤解が生じ、下手をすると取り返しのつかない結果を招くことさえあるのです。それが、今回の尖閣の問題でも言えることですね。
外国人を甘く見ないこと、それが大事です。




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2010年11月8日 | コメント/トラックバック(0)|

カテゴリー:異文化

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