要領の良い「やり方」を知っていますか?

英語の勉強を何年も(中には何十年も!)続けているのに、いつまで経ってもカタコトの英語しか話せないという人がたくさんいます。一方で、つい数週間前に英語の勉強を本格的に始めたという人が非常にキレイな発音で、流暢な英語を口にすることがあります。

後者のことを「語学の天才」と呼ぶ人もいます。「元々素質があったんだ」と言う人もいます。しかし、私はその仕掛け(からくり)を知っているので敢えて言わせてもらいますが、後者は「語学の天才」でも「素質があった」わけでもありません。単に「やり方」がうまいだけなんです。

特に後者のことを「語学の天才」だとか「素質があった」とか言う人に限って、英語の勉強は好きで(いわゆる英語オタク)、何年も何十年も英語の勉強を続けているのにヘタクソな英語しか話せないものです。なぜ、そういうタイプの人に限って、短期間で英語をあっさり身につけた人のことを「語学の天才」だとか「素質があった」なんて言うのでしょうか?

それは、つまり自分の「やり方」を否定されたくないからです。

短期間に、自分よりも遥かに早く「ステキな英語」を身につけてしまった人のことを「あの人は特別だから」「自分とは違うから」と言うことで安心したいんですね。あの人は特別だから、出来たんだと。自分はそうではなく、努力を続ければいつかきっと…と、自分に言い聞かせているわけです。

しかし、それは非常に危険な間違いです。「あの人は特別だから出来たんだ(だから、自分には関係ない)」と思っていると、いつまで経っても自分のやり方の「非」を認められません。要は、原因は自分にあるのではなく、「あの人は特別だから出来たんだ」と思い込んでしまうわけです。こうなると、もう取り返しがつかなくなります。

もう一度言います。英語を上手に話せるようになるのは「天性」でも「才能」でも「素質」でもありません。要は「やり方」です。要領の良い「やり方」がすべて、なのです。英語を話せるようになりたい!と思っているのであれば、従来の一般的な方法のように単語を出来る限りたくさん暗記し、英文法を徹底的に勉強し、100%教科書や参考書などの解説に則った完璧な英語を口にするのがベストだとは決して思わないで下さい。

それは間違ったアプローチなのです。思い出して下さい。そのような一般的なアプローチを、日本では中学、高校、大学と英語の授業で実践してきたわけですが、果たして十分な英語を話せる人がどれだけいますか?それらは、言ってみれば「受験英語」向けの勉強法なのです。実際の英会話では何の役にも立ちません。

英語をうまく話すためには、英会話の最中に頭の中で英単語を思い出しながら文法に厳密に沿って英作文をし、それを口に出すといったマヌケな方法は取ってはいけません。それはシロウトのやり方です。だから、いつまで経っても流暢な英語を口にすることが出来ないんです。

一方で、「語学の天才」とか「素質があった」などと思われるタイプの人は、そんな非効率的な「やり方」をしません。もちろん、そういうタイプの人に「天性の素質」があったわけでもありません。ただ単に要領の良い「やり方」を知っていただけの話なんです。すべて「やり方」や「からくり」を知っているか、知っていないか、だけの違いなんですね。
ここ、本当に重要ですので早いうちに必ず理解しておいて下さい。そうしないと、本当に多大なる労力とお金、時間を無駄にすることになりますから…。




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