英語嫌いから英語の達人へ~渡邊の場合

読者からの質問特集最終日はちょっと気になるこの話^^


宜しかったら、渡邊さんが英語嫌いから留学しようと思った決意は何か教えていただけますか?プライベートの話ですみませんが、英語嫌いから英語の達人にどうしてなれたか、とても気になります。


このお話はと~っても「暗い」ですから、まず先にそのことをお断りしておきますね^^;
私は元々、英語が大嫌いでした。嫌いだから成績が悪いのか、成績が悪いから嫌いだったのかはわかりませんが、とにかく学校の英語の授業と聞けば逃げ回っていたのを覚えています。。で、なぜそんな私が英語の習得を決意したのか、という話ですが…。

知っている人は知っていると思いますが、私の場合は「失恋」がきっかけでした。その時の「悔しさ」「惨めさ」が、当時の原動力になりました。「よし、絶対に見返してやる!」と心に決意したんですね。今思えば、なんという浅はかで軽薄な、そして下世話な動機でしょう^^; しかし、英語でも何でもそうですが、新しいことに挑戦してみよう!と思うきっかけって、案外「くだらないもの」であることが多いものです。私の知り合いで、親とケンカした時とっさに「お笑い芸人になる!」と言って家を飛び出し、本当にそのまま芸人になってしまった人がいます^^(実話なんですよ)。

何でもそうなんですが、意外とこういう「きっかけ」というものは些細なことであることが多いのです。しかし重要なのは、その後のモチベーションが如何に続くか、という点。これについては、常に原点に回帰できるかということが重要だと思います。ここで言う「原点」というのは最初の「きっかけ」ですね。私の場合でいう「失恋」です。失恋した悔しさとか、敗北感を埋め合わせようとする本能のようなものです。

英語の勉強を続けていて少しでも辛くなったり、面倒臭くなったり、イヤになったりする時というのは、その「きっかけ」を忘れてしまっているんです。なぜ自分が英語を勉強しようと思ったのか、なぜ身につけてみようと思ったのか、その最初の「きっかけ」を忘れてしまっているわけですね。だから、そういう時には必ず原点回帰してみると良いんです。私の場合も、英語の勉強が辛くなればすぐに彼女のことを思い出しました。「くそ~絶対に見返してやる!」という、非常にドロドロとした怨念といいますか^^;、暗いストーカーみたいですが(爆) 今思えばかなり「粘着質」ですよね、イヤだな~(汗)

しかし、私の場合はそれで結果オーライだったわけです。一度英語の勉強を始めて、最初の「壁」を乗り越えると俄然やる気になりました。一つの達成感のようなものがあったんですね。「あ、なんだ俺でもやれば出来るじゃないか!」という満足感があったんです。そして、一つの壁を乗り越えては、また次の壁を目指し、それを越え…を繰り返し、気付いた時には「自分をフッた彼女を見返す」という根本の下世話な目的さえ忘れ、ただそこに「英語をマスターした自分」がいた、というのが正直な感想ですね。

 




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