たまには熱く語らせてもらいます

「渡邊さんはどうやって英語を身につけたんですか」とよく聞かれます。「どうやって」の部分は、それだけで520ページの教本になるくらいですから^^;、そんなに簡単に端折って説明できるものではないのですが、これだけは確実に言えます。

「真剣に身につけようとしたんです」

元々私は根性なしのヘタレでしたから、「汗」だの「血」だの「涙」だのって苦手なんです。根性とか努力とか、そういうのが大っ嫌いなの。出来るなら厭なことは避けて通りたいし、面倒臭いことや辛いことからも常に逃げてきました^^; しかし、英語の習得においてだけは、真剣に向かい合ったと思います。これ、別に「努力した」とか「耐えた」とか、そういう意味ではありませんよ。単に「真剣になった」だけです。「本気になった」ということですね。

で、常日頃から「英語を話せるようになりたいんです、どうすればいいでしょう?」というメールを頂くのですが、今日は珍しく、一つ厳しいことを書きますが…。

「あなたは真剣に英語を身につけようとしていますか?」

別に辛い修行をやれと言っているわけではありません。努力とか忍耐とか、汗とか涙とか、そんな話はどうでも良いのです。そうではなく「あなたは本気で英語を身につけようとしているか?」ということを聞きたいのです。

英語を身につけたいけれど時間がない、仕事で忙しい、疲れている。
英語を話せるようになりたいけれど、話す機会がない、相手がいない。
私は初心者だから無理… 私は高齢者だから記憶力が…
私には無理… 私に出来るわけがない…
私は…私は…

そんな言い訳は、ハッキリ言って聞きたくないんですよ。そんな言い訳をして足踏みをしているうちに、近い将来「確実に話せる」ようになる人というのはドンドン先に進んでしまっています。いいですか、今日は熱く語らせてもらいますが…

問題なのは「あなたがどれだけ真剣に英語と向き合っているか」という点。「真剣」というのは「本気」ということです。本気になれば、人間は言い訳なんかしません。だって、考えているのは「英語を身につけること」だけなんですから。他のことは一切気にしない。ただ、自分が英語を身につけるという一点だけに集中して、ただそこに向かうだけなんですね。

そして、「真剣」とか「本気」とか書くと、何だか英語の習得って大変そうな気がしてしまうのですが、実際にはそんなこと全くありません。むしろ、楽しくて楽しくて仕方がなくなるものです。厭なことを無理矢理やっているのであれば、それは確かに苦痛でしょう。しかし、本気で英語を身につけようと真剣に向かい合っている時、人は「イヤだ」とか「面倒臭い」とか思ったり、取りとめのない「言い訳」を考えようとしたりしないものです。

 




矢印


矢印


矢印

このエントリーを含むはてなブックマーク Buzzurlにブックマーク livedoorクリップ Yahoo!ブックマークに登録

タグ

2010年6月4日 | コメント/トラックバック(0)|

カテゴリー:未分類

トラックバック&コメント

この投稿のトラックバックURL:

コメントをどうぞ

このページの先頭へ