本当は英語力のせいではないんです

またまた残念な日本人に出会ってしまいました。ホテルのロビーで見かけた初老の日本人男性なんですが…。よせばいいのに自分から外国人の団体に話しかけておいて、逆に質問攻めにあってシドロモドロになり、挙句の果てにはワナワナと震えながら「イエス」と「OK」の連発。顔は何とか笑っているのですが、どうみても恐怖で引きつっています。

職業柄、外国人の多いところへ行くことが多いので、こういう光景は見慣れているのですが、それにしてもこういった「ブザマ」な日本人の醜態にガッカリさせられます。…なんてことを書くと、「そりゃアンタは少し英語が話せるからいいけどさ!」とお怒りのコメントを頂きそうですが^^;違うんです。私が言いたいのはそんな他人の「悪口」ではありません。そうではなく、日本人の「外国人恐怖症」は困ったものだと言いたいのです。恐怖症というか、何と言ったらいいのでしょう。外国人崇拝症とでも言いましょうか。

なぜこうも日本人は外国人に対して「恐れ慄く」のか。はっきり言って、私には分かっているんです。実は、日本人に必要なのは単語力でも、文法力でも、リスニング力でもなく…「外国人に対する畏怖の念」をなくすこと。これに尽きます。確かに辺りを見回すと、英語をすんなりと身につけている日本人って、皆外国人相手に「ビビらない」んです。堂々としているの。日本人としての誇り、威厳を持って、接しているんです。

それは英語が話せるからだろう?なんて言う人もいるかも知れませんが^^;違います。英語が話せるから堂々と出来るのではなく、先に「外国人」に対する自分のスタンスを確立しているから、堂々と英語を話せるんです。とは言っても、この日本人の外国人に対する憧れとか、畏怖の念というものは、それこそ今に始まったことではなく長~い歴史に育まれたものでしょうから、なかなか解消することは難しいかも知れませんね。

少なくとも、これを読んでいるあなたにだけは、外国人に対する無意味な恐れ、外国人を前にすると緊張する癖、外国人に対する一方的な憧れをなくし、対等な関係でコミュニケーションが出来る努力をして頂きたいと思うのです。*ちなみに、文中の「外国人」というのは欧米系(または非アジア系の人種すべて)を指します。

 




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