英語の習得に努力は必要ありません、必要なのはこれだけです

英語を身につけるには「努力」が必要ですとか、「忍耐」だとか、「我慢」とか言う人がいますが、それは本当でしょうか?

実際、私は英語をまったく話せない(ばかりか、人一倍英語が苦手だった)状態から、短期間に英語力を身につけ、最終的には英語で飯を食うまでになりましたが、そのプロセスにおいて一度でも「努力」したとか、「忍耐」とか「我慢」という言葉を意識したことはないのです。

いつも、英語に対してチャランポランでした。チャランポランと言うと少し語弊がありますが^^; 要するに「苦しんで習得した」という覚えがないのです。

確かに、留学時代を含め、翻訳の仕事をはじめた頃には一日何十ページという量の専門的な英文を読んだり、また日本文を英語に訳したりしました。

通訳者になるための特訓では、英語で寝言を口にするようになり、家人が本気で心配したほどです^^;

しかし、それらの一連の経験のおいて、私は一度も「努力した」という意識がないのです。「辛かった」とか「苦しかった」という覚えがないのです。

例えばスポーツ選手が、傍から見ればものすごい「努力」に見えることを、本人が果たして「辛いこと」と感じているかと言えば、おそらくそんなことはないのかも知れません。

イチロー選手は努力家で有名ですが、本人がそれを辛いことと思っているかと言えば、そんなことはない気がします。

つまり、「努力」は必ずしも辛いことではないということです。

本人が自分の夢を追う上で経験する負荷や体験は時に他人からすれば「拷問」のように辛く過酷なイバラの道に見えるかも知れませんが、当の本人からするとそれは「夢を実現させるためのプロセス」に過ぎず、辛いどころか、ワクワクして最高に楽しい体験なのかも知れません。

一方、なかなか目標を達成できない人に限って「努力」「我慢」「忍耐」といった言葉を好む傾向があるように感じます。

「努力」すればいつか目標は達成できる…とか、「努力」すれば出来ないことはない…とか、その手の精神論ですね。

実際、それでも目標は達成できるかも知れません。しかし、私はそんな辛く大変な精神論を尊ぶよりは、楽しみながら、ワクワクしながら目標を達成した方が良いと思うのです。

昨日もお話しましたが、英語を習得するのであれば、英語の習得自体を目標にするのではなく、自分の趣味や関心のあること、興味を持てることを追求することを第一にし、その過程で英語と接することでより楽しく、自然な形で英語を身につけることが出来るようになります。

その時、英文を読んだり、単語を覚えたりという一見「大変そうな」プロセスを経るわけですが、それが「英語の勉強」ではなく、自分の興味・関心の追求の一環であれば、それを辛いとも思わないはずです。

傍から見れば、それが努力に見えるかも知れませんが、当の本人からすれば、ただ「心から楽しんでいる」に過ぎないのです^^

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